冒頭で述べたとおり、日本語の音韻体系の中にはない、すなわちカタカナではあらわせないビルマ語の発音は無理に表記しない、というのが基本方針です。しかし、ビルマ語にはそうしたケースがあまりに多いので、誤表記とならない程度の対応は必要です。そこでそのあたりについて、ひとつの音節をどう表記するかといったことを基本に考えていきます。ただし、原則どおりに表記することでかえって読みづらくなってしまう場合には、同一の音節であっても、ナカ点で区切られた「単語」の範囲内において「語頭」か「語中」か「語末」か、あるいは「単独」かという音節の位置によって表記を変えます。
① 声調について
カタカナでは基本的にその違いを表記できない部分です。ただ、そのあたりをあえて表わす方法として、ここでは長音と短音とを用いて無理のない範囲内で区別をつけます。ビルマ語の場合、長母音と短母音の区別は基本的にありませんが、それに近いものが傾向として声調において見受けられるからです。
【第1声調】
・基本的に短音で表記。(例) エ
【第2声調・第3声調】
・語末の音節の場合、長音符を表記。(例) エー
・語末以外の場合、主に長音符を表記。(例) エー
※第2声調は低音、第3声調は高音という違いがあるが、これについては区別のしようがない。
②声門閉鎖音について
日本語でいえば、感嘆詞の「あっ」における「っ」に当たる末子音を声門閉鎖音といいます。ビルマ語の声調は一般的に3声調とされていますが、諸説があり、この声門閉鎖音を第4声調としてに分類することもあります。
【音節が単独・語末の場合】
・「ッ」と表記。(例)ペーボウッ(納豆のカレー風煮込み)
【音節が語頭・語中の場合】
・表記せず。(例)チェッター→チェター(鶏肉)
③日本語では表記上区別されない類似の発音について
カタカナとして無理のない形を表記の原則としているので、日本語で区別されない発音については、ここでも区別をしません。ただし、表記の上で同一であっても実際の発音においては違っていますから、どういった発音がここでの表記において単純化されているかを、以下にその一部について例示します。
- 子音は、有気音と無気音とで区別をしない。(例)[k]音と[kh]音は共に「カ」行
- 歯間音の[θ]音(舌の先を歯で軽く噛んで発音する「タ」行の音)は単に「タ」行で表記。
- 鼻濁音と濁音とを区別しない。(例)[ng]音と[g]音は共に「ガ」行
- 7母音を5母音(アイウエオ)に単純化。(例)「エ」には「イ」に近いものと「ア」に近いものの2種類があり、「オ」には「ウ」に近いものと「ア」に近いものの2種類がある
④二重子音について
通常の音節(子音+母音)に[h]、[w]などの子音が重なった場合については以下のとおり。
【[h]音】
[h+子音+母音]という具合に[h]音がもとの子音の前に重なり、口または鼻から息が抜けるような発音になります。
【音節が単独・語頭の場合】
・「フ」と表記。(例)フラー(綺麗)
【音節が語中・語末の場合】
・表記せず。(例)ミンフレー→ミンレー(馬車)
【[w]音】
[子音+w+母音]という具合に[w]音がもとの子音の後ろに重なります。これについては、「ワ」行(ワ・イ・ウ・エ・オ)での表記が基本ですが、場合によって「ウィ」、「ウェ」、「ウォ」を使います。
(例)カウスエ(麺)、 メースウィ(歌手の名前)
⑤二重母音
二重母音はいろいろありますが、ここでは[oun]の場合についてのみ記します。
【音節が単独の場合】
・「オウン」と表記。(例)トウン(数字の「3」)
【音節が単独以外の場合】
・「オン」と表記。(例)モンバッ(米の麺の一種)
⑥簡略化された慣例的発音
ビルマ文字での表記と実際の発音が、「簡略化」によって異なっている場合があります。文字で表記された言い方は「正式名称」として存在していますが、実際は簡略化された言い方の方が慣例化しています。
(例)ティンヂャン→ダヂャン(水祭り)
モンヒンガー→モヒンガー(意味は下記を参照)
※麺料理のモヒンガーは、ビルマ文字の表記通りにカタカナ化すれば「モンヒンガー[moun hinga]」となります。なお、語頭の「モン(モウン)」は通常「お菓子」を意味しますが、ここでは、使用される麺の種類のモンバッのことを差しています。ただし、ちょっと気になるのは、タイにもタイ語で「カノムチーン」という同種の麺があり、語頭の「カノム」の意味が同様に「お菓子」という点。ビルマ人にきくと、モヒンガーは「お菓子」感覚で食べるものだといいますから、この種の麺の名称にはそのあたりの意味合いが含まれているのかもしれません。
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以上が原則ですが、どう表記してもそこには「無理」が生じているので、あとは「好み」のレベルで原則からはずれた形のものもあります。