「私の名前はソーナインさんです」

ミャンマー人の中には、日本語で自己紹介をする際、自分の名前に敬称をつけて名乗る人が時折います。日本語ではそういう言い方をしませんから違和感がありますし、その意味で言えば語学力が関係しているとも言えます。しかしそれ以上に、これは「文化」の問題。逆にミャンマー文化を知らない日本人ならば、たとえば「コ・ソーナイン」という名のミャンマー人のことを「コさん」と呼んでしまうでしょう。「コさん」は、ミャンマー人やビルマ語のわかる人にとって、同様に妙な表現なのです。

このあたりについて、「コ・ソーナイン」という名前を例にとって説明します。たいていの日本人は、この名前の「コ」を氏や名の類と思うでしょう。しかしこれは男性につけられる「敬称」。したがって、上述の「コさん」は敬称を単に2回重ねているだけということになります。(※ただし少数民族のシャン人は、シャン式の敬称をミャンマー式の敬称と組み合わせることが珍しくなく、シャンとミャンマーの敬称だけを単に2回重ねて呼ぶこともあり、この辺りは奥深い。)

ミャンマー人の敬称は、男性の場合「マウン」、「」、「ウー」の3種類が、女性の場合「」、「ドー」の2種類があり、年齢や地位が上がるにつれて変化していきます。その区別は、大雑把に言うと、だいたい次のようになります。

●男性
・ 「マウン」
…幼少から学生あるいは青年あたりまで
・ 「コ」
…成人
・ 「ウー」
…中年以上あるいは僧侶や教員といった類の地位の者など

●女性
・ 「マ」
…男性の「マウン」や「コ」に相当
・ 「ドー」
…男性の「ウー」に相当

このあたりはあくまでもひとつの目安であり、実際の区別とは必ずしも一致しません。たとえば10歳に満たない子供に対して「コ」が使われているかと思えば、30代の男性が「マウン」だったり、また40代過ぎの男性などは「コ」と呼ばれることもあれば「ウー」と呼ばれることもある、といった具合です。これは、単に適当、ということでは決してありません。ミャンマー人にとって敬称はとても重要。年齢や地位をあらわすもので、その人のアイデンティティのひとつ。したがって、どの敬称に該当するかは、その人の存在そのものの問題となるのです。ミャンマーに限ったことではありませんが、この国ではとりわけ、自分がどう呼ばれるか、あるいは他人をどう呼ぶかが人間関係における大切な事柄となっています。もちろん真に尊敬に値する人物ならば、自然に周囲から「ウー」と呼ばれるようになりますが、実際世の中に存在する大多数の人々は凡人たちです。よって自分が望む評価が他人からの評価と食い違うことはしばしばあります。そして時にそれは軋轢となりえます。だからこれだという確証はありませんが、ミャンマー人の敬称は、本来の名前の一部と化すことで他称のみならず「自称」するものとなり、そのことが結果的に人間関係を円滑にしているのです。

たとえば、「ソーナイン」は青年ともなれば、たいてい「コ・ソーナイン」と呼ばれるようになります。しかし、もし「マウン・ソーナイン」あるいは単に「ソーナイン」のままであった場合、本人が気にしなければ問題はありませんが、「コ・ソーナイン」と呼ばれたければ、自分自身でそう名乗ります。そうすれば、周囲も次第にそう呼ぶようになります。ただ、自称すれば周囲は必ずそれにあわせるというわけでもありません。当然その前提は「相応」であること。やみくもできることではありません。そうした中で、わずか30代あたりの年齢で「ウー」あるいは「ドー」と呼ばれたがる人もいます。ミャンマーでそんな「背伸び」ができるのは、ある程度のお金や地位のある人。年齢的あるいは人間的な面で実際のところ不相応であっても、この国は階級社会ですから、そういう「力」のある人が「ウー」や「ドー」を自称した場合、周囲はそれに合わせるようです。逆に、凡人ではなく真に尊敬されるような人物の場合、たとえば元国連事務総長のウー・タント(カタカナ表記についてはこちら)などは、自分自身が署名する際、むしろ「マウン・タント(タン)」としていたそうです。