8月

※1チャット=闇レート約2円(公定は23円)
ブーディーヂョー(揚げユウガオ)=50ピャー
ナンヂードウッ(太麺の和えもの)=15チャット
タミンヂョー(中華料理店の炒飯)=25チャット
音楽テープ(TOYOTA)=55~80チャット
モヒンガー=5チャット

この時も、まだ個人旅行は不可。事前に旅行スケジュールを作成し、日本の旅行代理店を通してミャンマー側のツーリストバーマという一種の政府機関に提出します。そして審査によって宿や移動手段などが指定され、ミャンマー国内ツアーの料金が決まり、日本の旅行代理店からエアチケット代を含めた旅行代金が請求されるという按配でした。

現地では、ツーリストバーマのガイドが出迎え、その指示に従って移動。移動先ではまた別のガイドが、という流れ。スケジュール提出の際、滞在中はすべて自由行動を希望したのですが、許可された予定表にはガイド付き観光案内が入っていました。行動制限とある程度のおカネを使わせることが目的なのでしょう。

ヤンゴン

路上の音楽テープ店。視聴して買う。1本55チャット。「安くしてよ」と言ったら、「これはTOYOTAのテープで日本製だから高いんだ」と言われて値切れず。

当時よく出回っていたTOYOTAのテープ。

初めて食べた国民食モヒンガー。ブーディーヂョー入りで5チャット。現在(2019年)、ブーディーヂョー入りなら1000チャット程なので、28年間で200倍。市バスは1チャットだったので同程度の上昇率。国民食モヒンガーは、“公共食”と言えるくらい安価でした。

スローガンとして掲げられている軍政のプロパガンダ

(ヤンゴン今昔物語の候補地)

ハトの群れるスポットといえば、ここでしたが、最近は、いつの間にやら群れが移動したようですね。

(ヤンゴン今昔物語の候補地)

1958年に訪緬した旧ソ連のフルシチョフから贈られたインヤレイクホテルに宿泊。旧ソ連式の古びた雰囲気の国営ホテルの周辺に飲食店はまったくなく、やむなくタクシーで最寄りの「福山寺」へ。華僑が建立した大乗仏教の寺院だが、中には中華料理店がある。エビやカニなどを使った料理を4品注文。実に美味しかったのだが、量があまりに多く、かなり残してしまい、後悔。全部で285チャット。

コービャンヂョー(揚げ春巻き)が1個2チャット。
(ヤンゴン今昔物語の候補地)

当時人気No.1を誇っていた、俳優チョーヘインと歌手メースウィという2大スター主演のアクション映画が上映中。ちなみにこの映画館は現存する(2019年時点)。

(ヤンゴン今昔物語の候補地)この一角にはゴウン、パパウィン、トーウィン、ユーザナといった映画館が4館集中。しかし1990年代までに全てなくなり、この映画館の跡地には1996年に有名なホテルが建設され、周辺は変化著しいヤンゴンの中でもとりわけ激変。

繁華街にあるテインヂーゼイ郵便局

郵便局で買った切手。5、15、20、50ピャー、1、2チャット。2チャットはやや高額切手の部類。

僧侶や仏像などの写真を売りつつ、NLDの新聞も密かに。。。

マンダレー

ヤンゴンからマンダレーまでは列車で移動。その際、運賃は既に払い込んであるので、チケットがツーリストバーマのガイドから渡されます。そこには230チャットと印字されていました。

城壁とマンダレーヒル。当時、王宮は復元されておらず、城壁のみが存在。

ウーペイン橋。当時は観光客がほとんどおらず、とてものんびりとしていた。

シュエナンドー僧院にいたツーリストバーマのバス運転手の娘さん。13歳とは思えないほど落ち着いていた。後日、在京ミャンマー大使館に掲示されていた観光ポスターを見たら、モデルとして採用されていて、この時と同じ葉っぱ形のタナカを頬に塗っていた。

インレー~タウンヂー

マンダレーからへーホー(インレー湖に近い空港)までは国内線で移動。チケットを見ると料金は830チャットでした。

インレー湖のほとりのレストラン。瓶入りミネラルウォーターが時代を感じさせる。カウスエヂョー(焼きそば)が忘れられないほど旨かった。

タウンヂーの音楽専門店「シュエインレー」で初めて歌姫メースウィのテープを購入。80チャット。