外国語のカタカナ表記は、ビルマ語に限らず、すべてを正確に表記することなどできません。その難しさは、逆にビルマ語の中の外来語のスペルがとても難しいことからも実感できます。

その容易ではないカタカナ表記。日本語とは音韻構造が異なるビルマ語を、一定の法則性をもって論理的かつできるだけおさまり良く表記することは困難です。当然「苦し紛れの表記」が多々あります。例えば、カタカナでは「テ」あるいは「テー」としか表記しようのない異なるビルマ語の発音が18もあります。これは音韻構造が異なるため仕方のないことです。

では「ラペットゥ」という表記も、そうした許容すべき「やむを得ない苦し紛れ表記」なのでしょうか。

確かに和えものを意味する「အသုပ်(athouk または athoke)」の「သုပ် (thouk または thoke)」の部分は、表記は容易でなく、それは日本のミャンマー料理店におけるメニューにもあらわれています。下のメニュー①には、さまざまな和えものが表記されており、いずれの料理名も末尾に「သုပ် (thouk または thoke)」が付きます。それらが「ラペットゥ」、「チャッター・トック」、「セベウ トウ」・・・と記されており、「သုပ် (thouk または thoke)」のカタナカ表記が「トゥ」、「トック」、「トウ」という具合に統一されていません。また別の料理店では、メニュー②のように「トッ」という表記になっています。

メニュー①
メニュー②

これらによって、「သုပ် (thouk または thoke)」はカタカナ表記しにくい発音であることがよくわかります。となれば、表記に当たっては、ビルマ文字の法則を第一の根拠とするのが妥当でしょう。

「u」の母音のうしろに「ပ်」(「p」の子音の上に「ng」の子音が乗っている形)がくると、その母音は末尾が促音化した「ou」になります。ミャンマーでは「末尾の促音化」をローマ字であらわす際に「k」あるいは「t」が使用されます。なので「ouk」となります(「out」でもよい)。これをカタカナ表記すると「オウッ」になります(この表記への異論はおそらくなく、「オウッ」以外ではあらわせないでしょう)。そして、問題の「သုပ် (thouk または thoke)」は、子音「th」+母音「ouk」です。子音「th」のカタカナ表記は「タ行」であらわします。よってこれは「トウッ」となります。

ミャンマー人だけではなく、実際、人の発音には、個人差があります。よって「သုပ် (thouk または thoke)」も、日本人がミャンマー人の発音を聞くと、その聞こえ方もいろいろです。「トウッ」だったり、「トウ」だったり、「トッ」だったり。

ここで肝心なのは、この中に「トゥ」は存在しない、という事です。

日本語のカタカナで「トゥ」と書けば、英語の「two」や「too」を短く発した音、あるいは「took」の末子音「k」を省いた音をあらわします。ですから「トゥ」は、本来の「သုတ် (thouk または thoke)」の発音とはかけ離れた表記です。

ゆえに「茶葉の和えもの」である「laphet thouk」を「ラペットゥ」と表記することはできません。

では、なぜこのような誤表記が拡散してしまったのでしょうか。

実は、ミャンマー料理店のメニューでは、しばしば「ラペットゥ」と表記されていることがあります。つまり、ミャンマー人自身がそう表記することが少なくないのです。

上述の通り、理にかなったカタナカ表記は、日本人にとっても容易ではありません。カタカナは日本語ですから、ミャンマー人にとってはより困難な作業。日本語にない発音の細かなニュアンスを表現しようとして、結果的に誤表記となるのは無理からぬことです。

「ラペットゥ」もその一例です。

「トウッ」の「ウッ」は、ネイティブのレベルでは軽く発音されます。よってそのニュアンスを込めて、「သုပ် (thouk または thoke)」のつもりで、変則的に「トゥ」と表記したところ、いわば運悪く、もともと日本語には「トゥ」で表現される別の音が存在するので、意図したニュアンスが日本人に伝わりません。伝わらないまま、ミャンマー料理店に「ラペットゥ」と書いてあるのを見た日本人が、ブログなどに書き込んで伝言ゲーム的に拡散していったと思われます。

よって誤表記「ラペットゥ」を修正する最も有効な手立ては、ミャンマー料理店における「ラペットウッ」への表記統一、ということになるでしょう。