■第1期(1990年代)
リトルヤンゴンの誕生~中井

都内で暮らすミャンマー人が比較的多い地域は、ごく大雑把ながら中野区、新宿区、豊島区といった広い範囲ということになりますが、その中心地といえば、ずばり中井駅周辺です。どこにでもあるような住宅街の中にぽつりぽつりとミャンマー料理店や輸入雑貨店などがあり、ちょっと不思議な感じ。リトルヤンゴンはここから始まったといえます。

もう少し視野を広げて在日ミャンマー人の主な活動範囲ということで言えば、下落合や沼袋などの西武新宿線沿い、あるいは新大久保駅や大塚駅の周辺あたりということになるでしょう。中でも新大久保駅周辺はリトルヤンゴン史では重要な地で、ここで初めてミャンマーの料理店や輸入雑貨店が登場しました。

91年、新大久保でミャンマー料理店「ヤッタナー」が開店しました(※注)。日本人とビルマ人のご夫婦が経営するこの店自体は、客層はミャンマー人だけでなく日本人も視野に入れたエスニック料理店という路線でもありました。この頃からほぼミャンマー人のみを客層とするような店が、中井、新大久保、大塚、歌舞伎町あたりで、日本人の目にほとんど触れることなく開店していきました。
※注)当時を良く知る古参の在日ミャンマー人の間では、日本初のミャンマー料理店は秋葉原の「バガン」というのが定説。

コミュニティ内での民族的な伝統行事も、91年から開催されるようになります。ミャンマー人にとっての最大の伝統行事は新年を迎える「ダヂャン(水祭り)」。これは隣国タイの水かけ祭り「ソンクラーン」と同様の行事で、日本ではビルマ青年ボランティア協会が中心となって在日タイ人のソンクラーンに参加する形で開催されるようになりました。そして3回目にあたる1993年、タイとの合同ではなく、単独でのダヂャン(水祭り)が同協会によって文京区の駒本小学校で開催され、以来、主催者に関しては紆余曲折があるものの、現在まで継続しています。(※2019年6月7日内容加筆)

こうした行事開催の動きの中から、92年11月にウ・ウィンシュエ氏をリーダーとする民族舞踊団「ミンガラードー」、そして翌93年にロックバンド「リバー」(のちのブラックローズ)が結成され、野方スタジオで練習を重ねて活動を開始。この頃から同様のグループがいくつか結成され、コミュニティ内での文化的イベントの開催が増えていきました。その会場としてよく利用されたのが、南大塚ホールと豊島公会堂(2016年2月閉館)で、在日ミャンマー人にとっては馴染みのホールとなりました。

イベント開催の背景には、東京で生活するミャンマー人の増加があり、それに伴ってミャンマー産食品などの生活必需品に対する需要が高まり、94年には、初の輸入雑貨店「フジストアー」が新大久保駅付近に開店しました。

ミャンマーからの雑貨輸入自体は以前から行われていましたが、それらは「マンションの一室」における極めて限定的なものでした。しかしそこに高い需要があると判断したマウンマウン氏が初めて「店舗」を構えて創業。食料品などの日用雑貨、音楽テープ、レンタルビデオなど、豊富な品揃えとサービス精神あふれる接客が好評で店は大成功。それ以降、同種の輸入雑貨店は増えていきました(マウンマウン氏は98年に帰国したが、フジストアーの名を引き継いだ店は現在も営業中)。

このように新大久保はミャンマーの料理店・輸入雑貨店発祥の地で、のちに大久保通りにはミャンマー料理の伝説的名店「シュエピータン」や雑貨店「マハー」などが店を構え、ミャンマー人街的要素を備えていきました。ただ、ここはとにかく多文化の町。韓国、中国、タイなどのヒトやモノがひしめく中で、ミャンマーはその小さな一角にすぎません。その意味で言えば、中井には生活するミャンマー人や関連する店舗、そして人々の信仰のよりどころとなっている僧院や仏像(ナカイパヤー)があり、その存在が際立っているこの一帯こそ、リトルヤンゴンにふさわしい町。ここにはミャンマー人社会の世話役サッポロさんの営むミャンマー料理店「トップ」やシャン料理店「ヴィーナス」、輸入雑貨店「シュエガンバウン」や慈善的に診てくれる駆け込み寺のようなクリニックなどもありました。

こうして在日ミャンマー人社会は、90年代前半にひとつのコミュニティとして機能するようになり、90年代後半あたりからは本国から芸能人を招聘して来日公演を開催するなど、活動を活発化させていきました。

ナカイパヤー
1998年1月11日、熱心な信者による仏像の寄進を受けて、ナカイ・パヤーで「パヤーアネイガザー・ティンブエ」という儀式が行なわれました。仏像は、作られただけでは信仰の対象とはなりません。僧の読経による入魂ではじめてパヤーとなるのです。寄進された仏像は、重量約200キロ、高さ約15メートルのブロンズ像。マンダレーにおいて775万チャット(約320万円)で購入し、船便で装飾品と共に日本へ輸送したものです。パヤーアネイガザーに、ミャンマー人の信仰の厚さがうかがわれます。
第1回ダヂャンはビルマ青年ボランティア協会とタイ国留学生協会との合同水祭り(1991年白山駅付近)※写真提供:U Aung Than
プリズムホールでの第5回東京ダヂャン(1995年)
初の在日ミャンマー人ロックバンド「River」