公共性の高い市内バスは、このような形で当局の統轄下にあるため、数多くの民営バスにおける各々の経営方針に大きな差はないと言っていいでしょう。したがって、そこで働く運転手や車掌の労働条件も、朝6時から夜9時まで(昼休みは1時間)の勤務時間、日当は運転手が1,000~1,200チャット、車掌ならば800チャット、食事、ラペッイェー(紅茶)などの支給あり、といったあたりが標準的なところとなっているようです。これくらいの賃金で、1ヵ月に25日間勤務したとすると、運転手の場合で25,000~30,000チャットくらいが月収となります。では、これくらいの収入というのは、ヤンゴンにおいてはどれくらいの水準なのでしょうか。

ビルマを特集した日本のテレビ番組の中で、公務員の給料について取り上げられることがあります。1ヶ月約1,500チャット。放映当時のレートで日本円にして約500円。このあたりの数字が平均的な額として示されます。状況は2000年3月に行われた給与改定によって変化し、給与額が大幅に引き上げられましたが(詳細はこちら)、それでも同レベルで比較して6,500チャットほど。バスの運転手における賃金の4分の1程度です。この国における公務員の給料の額は、役職などによって、もちろん違いますが、その幅は決して大きくありません。高級官僚クラスでもこの平均的な額の倍くらいです。そうした公務員の給料は、ビルマという国が抱える現状の一端を象徴的にあらわしていますが、テレビ番組ではその部分についての掘り下げはありません。また、ヤンゴンに住んでいる一般ビルマ人の生活を取り上げた際、そこで引き合いに出される公務員の給与額は、結局、視聴者に対して、ビルマは貧乏な国、という印象のみを与える結果となりかねない場合があります。つまり、こうした数字は視聴者の目を引くものがありますが、この国の実生活を見る際の基準とはならないのです。ではどのあたりが基準となるのか。ビルマにおける貧富の差は近年ますます拡大しており、おカネに対する価値基準にも大きな差があるようです。ただ、上を見れば青天井ですが、最低ラインならばある程度はっきりするはずです。そこでまず、この町で生きていくには「最低限どれくらい必要か」ということをふまえ、その上で「平均的生活」について考えれば、ある程度の基準らしき線が見えてくるでしょう。

フラインタヤー地区における貧困層居住区の一角。後方にうっすら見える赤い屋根の建物は、FMI Cityといわれる建売住宅が立ち並ぶ新興住宅地区。

ヤンゴンの中心部から離れたフラインタヤーやタウンダゴンといった郊外の地区には、貧困層の居住区が数多くあります。スラムにはいくつかの形態がありますが、東南アジア諸国においては、しばしば不法占拠スラムという形のものが見られます。ただビルマの場合で言えば、土地の不法占拠という形は特に見られないようです。この国におけるこうした郊外の居住区は、もともとのところ、1989年頃から行われたヤンゴン市中心部の再開発に際し、移動対象となった住民への代替地です。政府当局の決定によって代替地とされた郊外の土地に対する使用権(この国には基本的に土地の「所有権」はない)は、例えば面積が約223㎡ほどの場合、6,000~12,000チャットほどを支払うことで移動住民に与えられました。この際、まとまった資金を持たない者は、その権利を第三者に譲ることとなり、結局はそこで14㎡ほどの土地を借り、家を建てるべく開拓を行なった上で生活し始めました。なお14㎡という数字は、使用権所有者が223㎡の土地をたいてい16等分したために出てきたものです。1990年代に入ると、こうした居住区における路地の敷設といった環境整備が当局によって行われ、一部では電気や水道も使用できるようになり、また一方では市内バスも開通しました。もともと「代替地」だったこうした地区では、それなりの環境整備と90年代半ばからの建設ラッシュが相まって、地方出身の労働者が増加し、区域によっては住民の大半がそうした者で占められるようになりました。このようなところで暮らす労働者の賃金(日当)は、女性の場合がだいたい180チャット、男性で250チャット。ヤンゴンの中心部における肉体労働者の最低賃金が女性200チャット、男性300チャットといいますから、それをやや下まわまわる額です。こうした住民の場合、夫婦共稼ぎで1ヶ月に25日間ほど働いたとすると約11,000チャットの収入となります。では、この収入でどれくらいの生活ができるのでしょうか。ビルマの平均世帯人員は5~6人とされていますので、親子5人家族の場合で考えてみます。

1ヶ月の土地賃貸料はだいたい500チャット以上です。また場所が郊外であるため、仕事場へ行くために市内バスを利用します。そうした交通費が2人でおおよそ500~1,000チャット。また現在の米価は最低級のもので1ピー(2.56リットル)あたり100チャットほどです。1ピーでだいたい14~15人前ですから、5人家族の場合で1日3食ならば1週間で6ピー以上を消費することになります。したがって米代が1ヶ月で2,700チャットほど。とりあえずこれらだけで1ヶ月の収入の4割近くを占めてしまいます。そうしたことから、毎日の食事の半分以上はご飯とガピイェー(魚醤に調味料を加えて煮詰めたもの)だけとなってしまうそうです。また、その居住環境の中で電気や水道を使用するゆとりはありません。

こうした最低限の生活に対して、「平均的生活」というのは、どの程度のものなのでしょうか。そのあたりについては一概に言えませんが、例えば「家に電気が来ているか否か」という点は、ひとつの基準となり得るでしょう。「水」については井戸水や給水車による配給(有料)が一般的なビルマでは、「平均」を知るには水道より電気なのです。したがって、ごく大雑把に言えば、電気のある家で「衣・食」に関わる生活必需品やささやかな娯楽など(こちらを参照)にそこそこ不自由しない、といったところでしょうか。また、このあたりの事柄については、政府当局による統計に照らし合わせて考えることもできます。

政府当局は、ヤンゴンにおける平均的家計(世帯平均人員は96年度において5.17人)の消費支出を基準として、定期的にヤンゴン物価指数を算出しています。1986年度を100とした場合、96年度は約880です。そしてそれ以降は、97年度が約1,180、98年度が約1,760という具合に加速度的な上昇を遂げています。なお、ここでの「平均的家計」における具体的な支出総額は、知りうる範囲での最新データが96年度のもので、約10,730チャットです。それ以降の額を物価指数の上昇から算出すると、98年度は21,500チャットあたり、99年度は10%強の物価上昇率なので、24,000チャット程と考えられます。したがって、バスの運転手が得ている25,000~30,000チャットの月収については、ヤンゴンにおける平均的家計の支出総額をやや上まわる線、ということになるでしょう。

以上の点から、バスの運転手というのは、収入面で平均的なヤンゴン市民に近いと考えられます。そしてその生活ぶりは、象徴的な意味合いを込めて、「電気のある家で週に数回は肉入りのヒン(カレー風煮込み)を食べられるような暮らし」というように表現できるのではないでしょうか。もちろん各々の詳細については、その家計における消費や貯蓄などの実態によって、差があることは言うまでもありません。つまりそこには、消費や貯蓄の部分で、わずかながらも選択の幅がある、といったところかと思われます。