1996年、「アジア音楽祭イン福岡」への出演のため、レーピューはロックバンド「アイロンクロス(’IRON CROSS’のビルマ語読み)」のメンバーとして来日しました。この種の音楽祭にビルマの歌手が参加するというのは、たいへん珍しいことと言えます。未知の音楽への興味から、そのサウンドに注目が集まりました。演奏された曲のタイトルは「伝説の女神」。この国の母なる大河エイヤワディーをテーマとしたスケールの大きな曲は、日本の音楽誌に「メタルの形式をとりながら、リズムに工夫のあるおもしろい曲」と評されました。

 彼がメンバーとなっているこの「アイロンクロス」は、ビルマで屈指の人気ロックバンドです。しかしその存在は、一般的に考えられるようなスター像そのものから、かなりかけ離れていると言っていいでしょう。

 この国の芸能界では、ひとくちに人気スターと言っても映画界と歌謡界とではその待遇に大きな差があります。たとえば人気俳優の場合、1本の作品に対する出演料は数百万チャット。トップクラスならば500万チャットを超えます(2002年時点、1チャット=約0.2円)。このように「出演料の高さ」が話題となる映画界に対し、歌謡界で注目されるのは「売上本数の多さ」。というのも基本的に歌手の収入は、契約時における「演奏料」や「歌唱料」といったギャラのみで、印税という形がとられないからです。よって大ヒットしても歌手の収入について騒がれることはなく、むしろこんなたくさん売れたのに本人の収入はたったこれだけ、といったことの方が話題になります。この国の歌手は、音楽活動だけでスターらしい生活を維持しうる収入を確保するには、地味な営業をマメにこなさなければならないのです。

 ロックファンの憧れアイロンクロス。そのアルバムジャケットやサウンドなどを見聴きする限り、受ける印象は奔放なロック集団といったところ。しかし実態は、スタジオ・ミュージシャンとしてのバック演奏という「職人」的活動がかなりの部分を占めているのです。時には単なる「歌手志望者」のバックを請け負うことさえあり、そうした仕事が多いときで年間70本ほど。これほどの人気バンドであっても、自己のアルバム作りやライブ活動だけに専念するわけにはいかないのです。このようにミュージシャンにとって、恵まれた環境とは言い難いビルマ歌謡界。しかしレーピューの歌手デビューというのは、実はそんな業界事情の産物でもあったのです。