今回の来日決定の経緯がどうであれ、彼は日本で歌うことに大変強い意欲を持っています。彼に限らず洋楽調ポップスを歌う歌手たちの意識は、アメリカやその影響下にある国に向いているようです。その意味で日本は関心のある国のひとつと言っていいでしょう。
外国に対するビルマ人の関心といえば、通常、経済や政治が中心で、歌手の場合もそうした面が皆無ではありません。しかし、母国にとどまり、この国の洋楽調ポップスに対して真摯に取り組んでいる歌手たちにとって、最大の関心事はやはり音楽です。彼らは、一様に新しい音楽吸収の重要性を口にします。
社会主義時代の半鎖国体制の中で細々と外国ポップスを聴いていた歌手やリスナーたちは、90年代からの経済開放によって最新音楽が大量流入した時、自分たちの洋楽吸収がいかに遅れていたかを痛感したようです。外界から閉ざされた時代が長かった分、人々のこうした意識は強く、それが業界にはっきりと反映され、現在のビルマ歌謡曲そのものを形作っています。すなわち、音楽的に伝統歌謡と洋楽調ポップスとが明確に分かれているということです。両者の要素を混合したビルマ調ポップスは、ロック開放も相まって影を潜め、その新曲は皆無に等しい状況にあります。
80年代頃までは、洋楽の電気楽器で編成されたバンド演奏によるビルマ調の不思議な響きのポップスがよく作られていました。それらは、外国人の耳には興味深くかつ魅力的でした。その中には今も歌い継がれて、スタンダードナンバーとなっている曲もあります。ただ、現在の大勢はとにかく欧米ポップスの吸収。よって、そちらを志向する音楽ファンの多くにとって、半鎖国の産物とも言える融合的ビルマ調ポップスは総じて「中途半端」であり、既に色あせたものとなっていることも否めないようです。たとえば渡米したビルマ・ポップスの女王メースウィの歌にも、融合調の魅力的な曲がたくさんあります。しかし彼女は、来日公演(今年二月)における曲目決定の際、観客たちの「求め」を重視し、そうした曲を積極的に歌おうとせず、むしろ避けるきらいがありました。率直に言えば、彼女自身もそれを「ダサい」と感じているようでした。
つまり90年代以降、洋楽の「解禁」により、半鎖国体制時代の融合調ポップスについてはリセットボタンが押された、と表現できるかもしれません。この国の洋楽調ポップスを見守ってきたサイン・ティーサインやキンマウントーといった草分け的存在の歌手たちも、「洋楽が充分に自分たちの中でこなれてから、新しいビルマ調ポップスが生まれる」と、常々語っています。こうした新時代の中で、レーピューはさらに一歩進んで、歌手たち自らが外国へ行き、身をもって新しい洋楽を体験することの必要性をうったえています。
現在、洋楽調ポップスは、コピーだけなら演奏レベルは以前と比べて相当向上し、垢抜けてきました。今後の課題は、いかにオリジナルを増やしていくかです。それに際して、レーピューは「国際性」を強く意識しています。つまり、外に出しても恥ずかしくない曲作りということ。こうした作業には、コピー氾濫の現状ではほとんど問われない創造性も必要です。その意味においても、ロックで大切なのは「自由」と語る彼にとっては、ビルマ国外での体験には意義があるのでしょう。これについては、不自由さがかえって創造力を喚起するという考え方があるかもしれません。しかし、そうした理屈がこの国に当てはまるのは社会主義時代まで。現政権における検閲の厳しさは、間接的な言い回しは当然のこと、他意のない表現すら「深読み」されてしまうほど「あそび」のないものなのです。
ただ、歌手の海外体験については、現実的にまず渡航自体が本国の規制やビザの関係によって容易でないという問題があります。彼自身も8月に予定されたアメリカ公演が、出国不許可で頓挫しています(のちに実現)。このような状況ですから、近年特に多くの人気歌手が渡米していますが(下記「在米ビルマ人歌手たち」参照)、実際のところこれらは、歌手としての音楽経験のためというよりは、むしろその地位を手放しての新生活と言えます。直接的動機は結婚などの個人的事情ですが、その背景として、大スターであっても本国での歌手活動に大きな意味合いを見出し難くなってきている、という現状があると言っていいでしょう。近年歌謡界を去る大物歌手の多さは、そのことを暗示しています。
渡米した大物のひとりであるメースウィには、歌手として、ビルマにとどまらない「アジアの歌姫」を感じさせるスケールの実力と魅力があります。現在も在米ビルマ人バンド「サルウィン・リバー・バンド」と共に歌っていますが、歌手らしい活動は年に数回程度だそうです。かつては国の代表として海外の音楽祭に参加した大スターですが、現在はこうした状態にあり、また他の在米の歌手も概ね同様なのです。
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難しい局面にあるビルマの歌謡界。その中でレーピューは、オリジナル曲重視を自己のスタンスとしながら、洋楽調ポップスを聴く耳が肥えてきた音楽ファンを満足させています。そしてさらに、そのサウンドの中には、必ずビルマ的な要素をも盛り込んでいるといいます。それは時に微妙な節回しであり、外国人にはやや判りにくいのですが、かつての「融合調」とは異なるものを目指しているようです。
今回の来日自体は1週間に満たない短期滞在ですが、これを機に、その前後において長期アメリカ・ツアーが実現する模様です。公演は、11月から翌年1月までの間にニューヨークやカリフォルニアなど4都市で行われる予定。日本での「J-ASEAN POPs コンサート」への参加とあわせて、一連の海外での演奏と滞在が、より魅力的な音楽の創造につながることを期待します。
ラーショー・テインアウン(男性)
ミャンマーピー・テインタン(男性)
メースウィ(女性)
ソーパイン(男性)
マーマーエー(女性)
ポーダリーテインタン(女性)
ニニウィンシュエ(女性)
エーチャンメー(女性)など