音楽ソフトの単価は、2003年の時点でカセットテープが新作で700チャット台、VCDやCDがだいたい1500チャット前後です(1チャット=約0.1円)。正規のCDが、日本円に換算して約150円。日本との価格差にあらためて驚いてしまいますが、ビルマではCDの価格自体が10年ほど前からあまり変わっていないので、この間の物価変動(約10倍の上昇)によって、実質的な価値が10分の1程度に下がっているのです。よってビルマの人々にとって、あくまでも比較ですが、以前より買い求めやすくなっているはずではあります。特に富裕層にとっては、既に安いと言える範疇かもしれません。この階層の所得は、1ヶ月あたり数十万チャットから百数十万チャットあるいはそれ以上の青天井ですから、音楽を聴くか否かは別として、金額的にそうしたことが言えそうです。
具体的にその所得を例示するならば、日本から仕送りを受けている富裕層がわかりやすいでしょう。通常彼らのもとには毎月80万~100万チャットくらいが送金されます。もちろんそれ以上の場合もあり、逆に最低額の方は少なくとも30万チャット以上が一般的です。よって、こうした大金を得ている人たちにとって、音楽ソフトの価格は日用品並みと考えるのが妥当な線でしょう。(参考=この層が日用品としているロールのトイレットペーパー6巻組が600~700チャット程度。シャンプーの類ならばタイからの輸入品で1000~2000チャット程度)
一方、国民の大部分を占める一般庶民についてはどうでしょうか。もちろんこうした人々の間にも、所得面でかなりの幅があります。それをごく大雑把に分類すると、低所得層と中間層ということになるでしょうか。以下、ここでは「低所得層」の方に焦点を当て、そこから一般庶民の所得を概観していきます。
具体的な低所得層としては、ヤンゴンの都市住民の場合、郊外のスラム(下記「フラインタヤーのスラム」参照)に居住する建設工事の労働者を挙げることができます。技能によって賃金は上昇しますが、最低額の単純労働の場合、8時間労働の日給が女性で700チャット、男性で800チャットといったところ。残業手当は、日給を単純に8で割った時給。したがって2~3時間残業すれば日給は1000チャット程になります。ただ基本的にこうした労働者は、必要に応じて雇われる日雇いなので、収入は必ずしも安定しません。仕事がたくさんあれば月収は2万チャット近くになることもありますが、通常は1万チャット前後といったところでしょうか。とにかくこのあたりはいくつかの要因によって変動するので、平均的な額はなかなか求めにくいところ。特に季節によって幅が生じます。休業を余儀なくされる5~9月の雨季における収入は、乾季に比べて必然的に少なくなります。また、景気や政治状況による建設件数の増減も大きな要因となります。
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そうした中で、彼らはとにかく仕事を得なくてはなりません。一方、雇う側の建築業者も労働力が必要ですから、その需給関係から、広大な田園の中に工場が立ち並ぶヤンゴン郊外の工業地帯には、何ヶ所か「労働市場」が立ちます。そうした場所では毎日大勢の労働者たちが早朝から仕事を待っています。ここでの賃金相場を決するのは、労使間の競争原理のみ。団体交渉が左右することはありません。地方の農村から出稼ぎに来た労働者たちには労働組合がありませんから、本当に最低限の生活だけ維持できる程度の額がおおよその相場となり、賃上げも物価上昇に伴う程度です。
以上のように、低所得層の実例として月収1万チャット程度の建設現場における労働者をあげましたが、繁華街において使用人的な労働に従事する人々(「アロウッタマー(使用人)」といわれる層)、例えば青果物の日雇い販売人、飲食店や小売商店あるいはデパートなどの店員、ホテルの従業員といったところについても、金額は異なりますが、その収入に極端な差はありません。ただ数字だけとりあげるなら、「住み込み・まかない付き」の従業員はかなり低賃金です。店によって待遇や額は異なりますが、月給が3000~4000チャット程度。なお、住み込みといっても、特に部屋をあてがってくれない飲食店の場合ならば、寝る場所は店内のテーブルの上といった具合です。それでも寝食に関わる最低限の生活費がかからないので、こんな待遇でも普通に応募があります。特に地方からの出稼ぎ者にとって、住居費は非常に大きな負担です。ヤンゴンでの家賃相場は最低線が、市中心部のアパートならば3万チャット程、郊外ならば1万チャット以上。したがってたいてい数人が一緒に暮らし、家賃を分担し合います。そういう状況ですから、職場に寮があるということは好条件のひとつと言えます。
たとえばヤンゴン市内で展開しているコンビニの「シティーマート」には従業員寮があり、店舗によって差があるかもしれませんが、その月額は5000チャット程度です。ここの一般従業員は1ヵ月の基本給が3万チャットなので、食費や光熱費といった家賃以外の生活費にだいたい25000チャットほどを当てることができます。これならば少し切り詰めれば、わずかながら貯金もできるそうです。
このように、ヤンゴンにおける低所得層は、収入の額面については数千~3万チャット程度といった格差がありますが、最低限の生活費を除くとその余りがほぼ「ゼロ」から数千チャット程度となることでひとつの「層」としてとらえることができるでしょう。そしてこうした層は、決して突出した貧困層ではなく、広範囲に渡るところのかなり一般的な存在でもあります。さらに、ヤンゴンでは「低所得」の範疇であっても、農村部の一般庶民からすれば、決して「低」ではありません。だからこそ出稼ぎのために農村部からヤンゴンへ来て労働者となる者があとを絶たないのです。こうした農業従事者は、国全体から見た場合、就業人口の6割以上を占めています。つまり国民の6割以上が、所得面でヤンゴンにおける低所得層を下回っているということです。
上記のことから、この国の大多数を占める「一般庶民」というのは、月収が数千~3万チャット程度の都市部の低所得層およびそれ以下の農村部の農業従事者ということになります。
なお「中間層」については、国全体ではなくヤンゴンでの「平均的家計」に該当します。この平均的家計における1ヶ月の支出総額は、1999年の場合、政府当局の統計から推測して24000チャットくらいです。その当時、労働者の最低賃金が日給で女200チャット、男300チャットほどでしたから、2003年現在(女性700チャット、男性800チャット)の半額以下です。そこから考えると、現在の平均的家計の支出総額は6万チャットを超える程度と推測されます。ただ市民からは、「収入が増えても物価高が激しいから生活は苦しくなっている」という声をよく聞きます。したがって、所感に近い推測ですが、6万チャット強という推定支出総額に対し、収入額の方がそれほどの伸びていないとすれば、5万チャット程度といった線がヤンゴンの平均的家計すなわち中間層の収入と考えられます。(参考=前出の「シティーマート」の最高給は店長の8万チャット)なお、軍や政府の高官の場合、給与は16000チャットが上限ですから、数字の上では低所得層に入るはずですが、実状は富裕層です。
以上の事柄を総合すると、1本700チャット程度の音楽テープとその倍以上のCDやVCDは、一般庶民にとって大変高価なものであることがわかります。そうした状況だからこそレーピューは、「ソフトの生産事業もやりたい。すこしでも安い値段で売って多くの人が買えるようにしたい」と語っています。近年のインフレに伴う音楽テープの値上がりは、音楽好きの庶民にとっては苦しいところ。「自分が最も大切にしていることは、自身の主張ではなく、リスナーの求めに合わせて歌うことなんだ」と語る彼のソフト生産に対する動機は、「リスナー本位」を歌手としての根本姿勢とするがゆえなのです。