ビルマの精霊信仰「ナッ」とイスラム教

日本の宗教人口、約2億人。日本人の宗教観を説明する際、こんな統計上の数字がしばしば引き合いに出されます。つまり、仏教と神道の両方を受け入れている、あるいはあえて否定しないために、宗教別統計における総数が実際の人口を上まわってしまうそうです。こうした数字から、日本人について、その特殊性の一例として、宗教に対して寛大、悪く言えば鈍感、という具合に説明されます。ただ少し視点を変えて、神仏を合わせた信仰という点に着目すれば、それ自体はアジア全般において、決して特殊なものではないと言えるでしょう。古来の神々や精霊に対する固有の信仰。そして仏教、イスラム教、キリスト教といった教祖や統一的教義を持つ外来の組織的宗教。両者の共存という形は、仏教国ビルマの場合においても例外ではありません。むしろ固有の精霊信仰というものをぬきにしては、この国の仏教についても語れないと言っていいくらいです。

ビルマでは、古来の神々や自然界の精霊のことを「ナッ」といいます。こうした八百万(やおよろず)の神々、中でもとりわけ「37」のナッが、人々からの深い信仰を集めています。

タウンビョウン・ブウェに集まってきた人々にとって、ミンヂー・ミンレーの神殿でナッカドーがばらまいたお札は金運のお守り。

伝説によれば、その多くは、非業の死を遂げ、神格化された超人たち。ビルマ人の中でもとりわけナッを信じる者は、何か困ったことや願い事があるとき、この37のナッに相談をするそうです。相談は、「ナッカドー」と言われる一種の霊媒師を介して行われます。そこで37あるナッのうちのいずれかがやってきてナッカドーのからだにのりうつり、その口を借りて人々と話をするのです。これは、個人の家でナッカドーをひとりだけ呼んで行なうこともあれば、何人ものナッカドーのもとに大勢の参加者が集まる一種の祭りのような形をとることもあります。こうしたナッに関わる宗教的行事を「ナップウェ」といいます。

ビルマ暦の8月上旬(西暦で7月下旬から8月下旬)、古都マンダレー近郊のタウンビョウン(タウンビョン)という小さな村には、臨時列車が増発されるほど、大勢の人々が各地から続々と集まってきます。それは、この村で「タウンビョウン・ブウェ」という名で知られるビルマ最大の「ナップウェ」が開催されるからです。全国のナッカドーが一堂に会するこの祭りのメイン会場は、「ミンヂー」と「ミンレー」という二兄弟のナッが祀られている神殿。つまりこれは、37のナッたちが集まる儀礼であると同時に、とりわけこの二兄弟ナッの伝説に因んで行なわれる年中行事でもあるのです。そしてここで興味深いのは、そんな人気者のナッである「ミンヂー・ミンレー」のことを、ビルマ人はしばしば「カラー・ナッ(インド人神)」もしくは「バマー・ムスリム・ナッ(ビルマ人ムスリム神)」と呼んでいるという点です。