(2024年7月4日改定)
ヒンと共にミャンマー料理を語る上で欠かせないのが、「和えもの」です。これをビルマ語では「アトウッ(အသုပ်)」といいます。
アトウッは、Google翻訳をはじめとする自動翻訳の類においては「サラダ」と訳されてしまっているようです。しかし、サラダと和えものは異なります。アトウッの「トウッ」というのは、「和える」という動詞です。よって様々な食材を和えた料理であるアトウッは、サラダではなく、「和えもの」と表現すべきなのです。
ミャンマー料理においては、メインディッシュはヒン(本来は「おかず」という意味だが、「煮込み料理」がおかずの代表格なのでこう言われる)で、アトウッは通常「アヤンヒン(အရံဟင်း 副菜)」といわれるサイドディッシュとして位置づけられると言っていいでしょう。正統派のミャンマー料理店においてアトウッは、アヤンヒンすなわちお代わり自由のサービス小皿料理として、野菜炒めなどと共に出されます。
そのように、ミャンマー料理店においては、脇役的存在のアトウッではありますが、ミャンマー料理そのものを知れば知るほど、その存在の大きさを否が応でも感じるようになるでしょう。
アトウッを語らずして、ミャンマー料理を語るなかれ。
こう表現しても決して過言ではないアトウッは、種類が豊富で、いわばミャンマー料理を象徴するような存在と言ってもいいでしょう。
そんなアトウッは、まさに家庭料理、家庭の味。ですから、食材や味付けはさまざまではありますが、メインの具にタマネギやトマトといった刻み野菜を加え、時には揚げ豆やゴマなどと共に和えたものが割と一般的と言っていいでしょう。味付けは、ライムやタマリンドなどによる酸味、トウガラシによる辛味、塩や魚醤そして味の素などの調味料による塩辛さやうま味、豆の粉、油、といったところが基本です。ただ、このあたりは作り手の好みでどのようにでもなりますから、一概には言えません。刻み野菜などは入れず、メインの具だけを調味料だけで和えても構いません。和えれば何でもアトウッとなります。
メインの具も様々。鶏肉や牛肉などの肉類、様々な野菜類、麺類、エビなどの魚介類、お茶の葉、ご飯、発酵食品、揚げ物などなど。ミャンマー料理においては、アトウッにしない食材を探す方が難しいかもしれない、と言えるほどです。
日本の(在外の)ミャンマー料理店は、本国のミャンマー料理店とは異なります。ですから日本の店では、たとえば以下のようなアトウッが定番メニューとしてたいてい食べられます。名称は「メインの具の名称+トウッ」というパターンです。
・ミィンクワーユエットウッ ※つぼ草 (မြင်းခွါရွက်)の和えもの
・ラペットウッ ※漬け茶葉 (လက်ဖက်)の和えもの
・ジントウッ ※生姜 (ချင်း)の和えもの
・ナンヂートウッ ※太麵 (နန်းကြီး)の和えもの
・ガペートウッ ※さつま揚げ (ငါးဖယ်)の和えもの
しかし、本国のミャンマー料理店は、あくまでもヒン(煮込み)をメインディッシュとして提供しているので、アトウッは通常定番メニューとはなりえません。たいてい日替わり的なサービスのひとつとして出されるだけです。(店によっては、有料のメニューの中にアトウッを少し常備している場合もある)
充分おかずとなりえるアトウッを惜しげもなくサービスで出すミャンマー料理店。それにしても気前がいいものです。というのも、そもそも家庭料理であるミャンマー料理というのは、来客に対する当然のもてなしで、手厚いサービス精神でご馳走するものだからです。
こうした伝統は、ミャンマー人の家にちょっと誘われたときによく感じます。たいてい「食べに来て」と言われ、「ちょっと時間がないので」と遠慮しようものなら「とにかく食べるだけでいいから」と言われることも珍しくありません。
食が豊かなミャンマーの家庭で、来客をもてなしてきた料理ですから、お代を取るような外食産業には馴染みにくかったのでしょう。だから料理店としては、ミャンマー料理よりも土着化したインド料理や中国料理の店の方が発達したようです。そして、そうした中でのミャンマー料理店は、たとえ外食店であっても、モットーは、家庭におけるもてなしそのもの。その手厚さはまさに大切なお客様や親しい友人が訪れたかの如くです。ですから、食事代をいただくとしても、メインディッシュであるヒンに対してのみ。その他のご飯、小皿のサイドディッシュ、スープ、トザヤー(生や茹でた野菜類)、お茶、食後のラペッ(漬け茶葉)、タニェッ(ヤシ砂糖)やデザートなどはもてなしですから、すべてサービス。それが元来のミャンマー料理店における基本的スタイルなのです。そこではアトウッはサイドディッシュという位置づけなので、その限りでは、仮にその存在感をある程度感じ取ったとしても決して十分ではありません。ですから、真にミャンマー料理を知ろうとすれば、外食のミャンマー料理店に行くだけでは不十分といえるのです。
では、どういう店へ行ったらさまざまなアトウッを食べられるのでしょうか。
アトウッに関しては、専門の「アトウッサイン」がありますが、たいていが小規模店ですからメニューが限られています。いろいろなアトウッを楽しむなら、これはもう、いろいろな店に行くしかないでしょう。各種アトウッをずらり取り揃えた専門店などはなく、あえて言えばチェーン店として有名な「Feel」の如き大規模な料理店、あるいはショッピングモールのフードコートならある程度食べられる可能性があります。
いずれにせよ、いろいろなところでミャンマー料理を食べ続けていると、いろいろなアトウッに出会います。そのたびごとに「アトウッを語らずして・・・」と感じるようになるでしょう。
文化には、流行りや新たな動きがあるものです。アトウッについて言えば、近年の新たなトレンドのひとつとして、ラペッタミン(လက်ဖက်ထမင်း)への再評価があります。
ラペッタミンというのは、発酵食品の一つであるラペッソー(လက်ဖက်စို 漬け茶葉)とご飯を和えたタミンドウッ(ごはんの和えもの)の一種。名称に「トウッ」はついていないものの、これもアトウッと言ってもいいでしょう。従来は、どちらかと言えば経済的に余裕のない家庭における食べ物として捉えられていました。しかしその美味しさに注目が集まり、近年においてはレストランの人気メニューといえるほどになっています。その動きは、日本ミャンマー料理店発で、ミャンマーに逆輸入されたのでは、とも言われていますが、その真偽は定かではありません。
いずれにせよアトウッは家庭料理なので、実にさまざまです。既述のとおり、ミャンマー本国では、アトウッは小規模な専門店やミャンマー料理店のサイドディッシュとして目にするような料理なので、地味な存在として捉えられがちです。しかしそれは、いわば氷山の一角を見ているだけに過ぎないのです。ミャンマー全土には、奥深いアトウッの世界が広がっています。そこには、ミャンマー人の間でも一般的に知られていないようなアトウッもあるでしょう。そうした中から、新たに注目される一品が登場するかもしれません。
以下の写真は、そんなアトウッの極々ほんの一部です。