ナンバッチン(発酵おから)を使った豚モツの煮込みが絶品!

観光地バガンはミャンマー料理店が多く、競争が激しいだけあって、料理のレベルは総じて高いと言えます。中でも2016年8月18日創業のミャンマー料理店「ナンバッチン」は、この一帯で最も美味しい店のひとつ。ミョーミンナインさんとイーイーアウンさんご夫妻が営む名店です。

料理好きの父親の影響を受けて4年生の時から調理を始めたという女将さんのイーイーアウンさん。その細部にまで心配りの行き届いた料理は、優しい旨味にあふれており、実に食べやすく、お腹がもたれることがありません。

ミャンマー料理の「ヒン(カレー風煮込み)」は美味しいけどちょっと重い、と感じてしまう外国人は決して少なくありません。しかし、ここのヒンを食べれば、そのイメージは変わるでしょう。ただ、このように書くと外国人向けの味付けと思われそうですが、それはまったく違います。

イーイーアウンさん(左)とミョーミンナインさん(右)ご夫妻

この店の調理方式は∗アニャーに残る伝統的手法。ヒンを作る際、肉をガピ(発酵エビのペースト)に漬け込み、調味料として魚醤は使いません。そして油。これはミャンマー料理の要です。ミャンマー料理を美味しくないと思ってしまった外国人の大半は、運悪く、質の悪い油を使っている店には当たってしまったと言っていいでしょう。そんな大切な油は、この店では自家製のペーズィー(ピーナッツ油)を使っています。

∗アニャー=上ビルマ地方。かつての王都マンダレーを中心とするミャンマー文化の中心地。


ミャンマー料理は、ヤンゴンよりマンダレーが美味しい。これはミャンマーの常識です。その大きな要因のひとつが油。ヤンゴンで一般的なサーオウンズィー(パーム油)ではなく、ペーズィー(ピーナッツ油)が使われているのです。そして、さらにこの店のペーズィーは、自前の工場で生産された搾りたて。美味しくないわけがありません。

さらにその絞りかすは、「ナンバッチン」というアニャー特産の発酵食品となります。「ナン」はゴマ、「パッ」は粕、「チン」は酸っぱい、という意味。つまり「発酵ゴマおから」です。ただ実際の原料はゴマではなくピーナッツ。なぜ実体と名称が異なってしまったのでしょうか。

ナンバッチン・トウッ(ナンバッチンの和えもの)

ミャンマーのゴマ油は黒ゴマで生産されています。しかし以前は白ゴマも使用されていたそうです。元々ナンバッチンは、その白ゴマの搾りかすを原料として作られていました。しかしアジア太平洋戦争が終わって1948年にミャンマーが独立した頃から、ゴマ油の原料として白ゴマが使われなくなると、ナンバッチンの原料としてピーナッツ油の搾りかすが代用されるようになりました。黒ゴマの搾りかすが使われなかったのは、苦みがあっておいしくなかったからです。こうしてナンバッチンは原料がピーナッツに変わりましたが、その名称は白ゴマが原料だった名残をとどめて現在に至っているというわけです。

昔ながらの搾油機を備えた自前の製油所
原料のピーナッツ
昔ながらの搾油機だからこそ適度に絞り粕が残る。最新機器だと絞り過ぎてその"カス"はナンバッチンにならない。
絞り粕は、そのままでは家畜の餌だが、発酵させることで美味しい食品となる。
エーヤワディー川の対岸にある町パコウックーの一見どこにありそうなよろずや。実はここが創業100年を超える老舗のナンバッチン製造所。ここに絞り粕を持ち込んで発酵させる。
丸一日発酵させてナンバッチンは完成。

そのようなアニャー名産のナンバッチンは、ミャンマー料理店ではサービスのアヤンヒン(サイドディッシュ)としてしばしば出されます。この店では和えものにした「ナンバッチン・トウッ」が食べられますが、それだけでなく、さらにナンバッチンを使ったヒン(カレー風煮込み)が、自慢の創作料理として人気メニューとなっており、それがとにかく絶品なのです。使われる肉は豚のモツ。丁寧に処理されたモツをナンバッチンを使って調理することで、モツ特有の癖が中和され、素晴らしい旨味のある一品に仕上がっています。この料理を「ウェウー・ナンバッチン」といいます。

ウェウー・ナンバッチン

このウェウー・ナンバッチン(豚モツのヒン)だけでなく、他の料理もすべて丁寧に調理されており、つい食べすぎてしまいますが、驚くほど胃もたれしないのです。評判を聞きつけてわざわざこの店に食べに来たミャンマー人観光客は「この店がヤンゴンに進出したら、客が押し寄せて大変なことになる」と思わずつぶやいていました。

料理と店の経営について熱く語る女将イーイーアウンさんのこだわりの料理は、バガンでナンバーワンと言っても過言ではないでしょう。

熱く語る女将イーイーアウンさん