北部シャンは、中国雲南省と接しており、食文化的にはそちらからの影響が大きいようです。特に中心都市のラーショーは中国人が多く、その傾向が強いと言えます。よって北部特有の伝統的シャン料理を知るには、よりシャン人居住率が高い近郊のティボー、テイニーなどの方が適しているかも知れません。しかし中国の影響もこの地域における特徴のひとつです。そこでラーショーにおけるシャンカウスエ事情を見ていきます。ヤンゴンでも定着しているシャンカウスエですが、ここには本場シャン州ならではの状況があります。
ちなみにシャンカウスエのシャン名は「カウソイタイ」。「カウソイ」というシャン語は、麺を意味するビルマ語の「カウスエ」の語源となっています。そして料理名については、現地の料理店の看板やメニューは主にビルマ語で書かれているので、ここでもビルマ語名称を用います。シャン語の名称は当然ありますが、その分類においては、むしろビルマ語の方が細かい場合もあるようです。
■原料によるシャンカウスエの分類
シャンカウスエの麺の原料は米です。その米の種類によって、麺は次の異なる2種類に大別されます。
・サンブエ麺・・・長粒種のインディカ米が原料
・サンズィー麺・・・もち米やジャポニカ米に似た食感のシャン米を混ぜたものが原料(※シャン米は分類上インディカ種に属する)
サンブエ麺はさっぱりとした食感で、サンズィー麺は粘り気があってもっちりとしています。主要民族のミャンマー人は前者、少数民族のシャン人は後者、という具合に、その嗜好ははっきり分かれます。よってヤンゴンをはじめ、全国的にはシャンカウスエといえばサンブエ麺をさすのですが、シャン人が好むサンズィー麺こそが本場のシャンカウスエなのです。既述の通り、現在ではヤンゴンあたりでもサンズィー麺がそこそこ普及していますが、インディカ米に慣れ親しんでいるミャンマー人は、そのもっちりとした食感が苦手なので、一般的によく食べられているわけではありません。
サンブエ麺とサンズィー麺について、乾麺の有無はどうなのでしょうか。これはどちらにもあるのですが、圧倒的ンサンブエ麺が多数派です。そもそもサンズィーは乾麺に向いていないと言われており、市場に出回り始めたのも、せいぜいここ10年程度。そして乾麵にするとかなり味が落ちてしまい、技術面での向上が望まれますが、需要が少ないせいか、その兆しが見えません。一方、サンブエ麺は乾麵技術が確立しており、味が良く、さらに近年その技術が進歩しています。サンブエ乾麵は別名「イェーゼインカウスエ(水に浸けた麺)」とも呼ばれ、茹でる前に必ず水で戻します。その戻す時間が、10年近く前までは、一晩くらいかかりましたが、近年は15分~1時間くらいで済むようになっています。
■ラーショーのシャンカウスエ店事情
北部シャン州ではサンズィー麺が主流ですが、実際、ラーショーの店ではどうなのでしょうか。そのあたりについては、店舗の大小に関わらず概ね、サンズィー麺だけでなく、サンブエ麺も扱っており、さらに両者の間にほぼ偏りはありませんでした。つまりどちらも売れるから。この町にはシャン人だけでなく、中国系住民やミャンマー人も多く住んでいることが反映しているようです。シャン人は当然サンズィー麺ですが、中国人はサンブエ麺を好むそうです。そしてミャンマー人については、両方を食べるということでした。もともとはサンブエ麺が好きであっても、ラーショーの住民として長年暮らしているうちにサンズィー麺を好むようになるそうです。ラーショーは北部の中心地だけに民族に多様性があるため、このような状況ですが、他の町や村については、当地の民族構成によって異なるでしょう。
■店のメニューにおける分類
原料で2種類に大別されるシャンカウスエの麺ですが、実際ラーショーの店には更に次のような基本メニューがあります。そのあたりをざっと列挙します。
①シャンカウスエ・・・幅5ミリ程度のサンズィーの平麺
②イェーゼインカウスエ・・・日本で一般的なラーメン程度の太さのサンブエ麺
③ダーリーカウスエ・・・シャンカウスエと同様の平麺
④サンビャーカウスエ・・・日本のきしめんほどの幅広の平麺
店によって状況にはばらつきがありますが、概ねこれくらいです。その中で注意すべきは、①の「シャンカウスエ」です。そもそもシャンカウスエは、上記すべての総称であると同時にメニューのひとつでもあるのです。いわばシャンカウスエには「広義」と「狭義」があり、いろいろ種類がある広義のシャンカウスエの中で、その店で最も代表的なものが「シャンカウスエ」というひとつのメニューとなっているのです。
そして「代表的」というのは、地域や店によって異なるので、単に「シャンカウスエ」と言って注文する際には、注意しなければなりません。ラーショーでは当然たいていの場合、①のサンズィー麺となりますが、ヤンゴンでは代表格がサンブエ麺なので、②の「イェーゼインカウスエ」が出てくることが多いのです。よってヤンゴンでは、①のサンズィー麺を注文するには「シャンカウスエ・サンズィー」と言わなければいけません。ただし、ヤンゴンであってもシャン人経営の屋台ならば、ラーショーと同じパターンとなるので注文方法には気を付けてください。このようにシャンカウスエは、地域や店によって①と②が逆転します。
ラーショーでは、①が狭義のシャンカウスエなので、②のサンブエ麺を食べる際には「イェーゼインカウスエ」と言って注文します。なおこれは「水に浸けた麺」という意味。サンブエの乾麵を水で戻したものです。
③の「ダーリーカウスエ」は「包丁で切った麺」という意味で、麺状にする工程が機械ではなく手作業であるため、太さにややばらつきがあります。「包丁で切った」という点が特色なので、サンズィー麺かサンブエ麺かについては、店によって異なるようです。
④の「サンビャーカウスエ」はサンヂャンといわれる砕けた米が原料の生麺。東部シャンのカウスエやタイのクイティオあるいはベトナムのフォーに近い感じです。これが広義のシャンカウスエの範疇に入るか否かはやや微妙なところです。
以上の他に「ミーシェー(米線)」や「ジョウンカウスエ(小麦粉の中華麺)」がだいたいどの店にもあり、これもラーショーの店における特徴のひとつとなっています。ただ、これらは中華料理の範疇と考えられるので、ここでは特に言及しません。
■スープについて
スープについては、以下のように分類されます。
①汁麺(アイェー)
②汁なし麺(スィーヂェッあるいはアトウッ)
③トーフヌエ(シャン豆腐あんかけ)
3種類のうち、まずは①と②に絞って話を進めます。
シャン人は汁麺を好むので、ラーショーでは汁麺が主流です。ミャンマー人は汁なし麺が好きなので、そのあたりについてもラーショーとヤンゴンとで事情が異なり、注文の際にやや注意が必要です。つまり、単に「シャンカウスエ」と注文した場合、例えばラーショーでは「サンズィーの汁麺」となりますが、ヤンゴンの店では一般的に「サンブエの汁なし麺」となるのです。したがって、スタンダードなスタイルと異なる注文をするには、ラーショーでは②、ヤンゴンでは①をいちいちの指定しなくてはいけません。
さて、汁についての具体的な話ですが、①の汁麺の場合、ヤンゴンでは鶏がらスープが一般的です。一方、ラーショーではスープ及び具のバリエーションがもっと豊富です。このあたりを理解するために、まず、ごく大雑把ながらシャンカウスエの作り方に言及しておきます。
①の汁麺の場合、麺を湯通し程度にさっと茹でて器に盛り、その上に、ベースとなる調味料、具、スープをかけ、最後に刻み野菜などをのせて出来上がりです。使用する主な調味料は、八角を炒めた油、粒のゴマと擦りゴマを混ぜた油、ニンニク油、豆醤油、味の素など。また具は肉と野菜を使った一種の煮込み。肉は、鶏、豚、牛。また肉なしの具もあります。
②の汁なし麺は、基本的に汁麺からスープを省いただけのもの。違いはベースとなる調味料の各種油が多めであるという点で、味付けに大きな違いはありません。
①も②も作り方はどこでもだいたい同じです。味は店によって結構異なりますが、ラーショーならではの大まかな特徴を以下に列挙します。
・スープは鶏がらだけでなく、豚骨や牛骨などがある
・具の定番は「鶏のトマト煮」だが、店によってはそれを使わない場合がある
・トッピング用にあっさりした浅漬けのモウンニンヂン(高菜漬け)がある
上記以外にも、全体的にヤンゴンよりも旨みが濃いといった特徴もあります。そのポイントのひとつはスープにありそうで、現地の人たちに尋ねると、水の違いじゃない?という答えがよくかえってきます。ともかくやや半濁気味のスープには、見るからに濃厚さが漂っています。そんなスープのだしには鶏がら、豚骨、牛骨の3種類があり、大半の店では鶏と豚を一緒に扱っています。この点が、基本的に鶏がらのみのヤンゴンにおけるシャンカウスエとの大きな違いです。なお店では鶏と豚のスープを別々に分けておくのが一般的ですが、中には混ぜ合わせているところもあります。店で扱っている割合としては、鶏と豚とで大きな差はなさそうですが、ムスリム(イスラム教徒)経営の店が一定程度存在することを考慮すると、その分、鶏の割合が高いと言えるかもしれません。一方、牛骨スープは、この中で少数ながらラーショー(北部シャン)ならではの特徴として見逃せません。例えば牛肉団子やモツ(ハチノス等)を使ったシャンカウスエは、この地方の料理における人気メニューの一角を占めています。
③のトーフヌエは、ひよこ豆を原料とするシャン豆腐を使った一種のあんかけです。ひよこ豆の粉を水で溶かし、煮詰めてペースト状になったものをあんかけとして使います。このトーフヌエは、既製品のひよこ豆粉を使って作ることのが一般的ですが、豆を挽いた粉から作ったものは味が断然違います。この麺料理は、通常、調味料としてチャーニョウという甘い豆醤油を入れて旨みを加え、味を調えます。しかし、毎回豆を挽いたもので作ったものは、チャーニョウを入れなくても充分な美味しさがあります。したがって、店で注文する際に「チャーニョウ・マ・テッネ(チャーニョウ入れないで)」と言えば、本当に美味しいトーフヌエか否かがわかります。味に自信のある店ならば、むしろチャーニョウ抜きを勧めてくる場合すらあります。
■具について
スープと共に味の決め手となる具は、「ヒンアニッ」という一種のカレー風煮込みです。肉の種類は既述の3種類で、やはり一般的なのは鶏と豚。豚については脳の部分もよく使われます。
味は「トマト煮」と「トマトを使わない旨煮」とで大きくふたつに分かれます。たいていどの店にもこの2種類があり、注文の際に選ぶことができます。定番は「トマト煮」の方。したがってこちらを食べたければ「ヨーヨー(普通)」と言って注文します。一方「トマトを使わない旨煮」の方を注文する場合は、具が鶏なら「チェッパウン」、豚なら「ウェッターアチョー」といった具合に肉ごとの名称で指定します。なおヨーヨーであるトマト煮の場合、何も指定しなければ、肉は鶏です。よって、肉を豚にしたければ「ウェッターチンザッ」と言って指定するか、「ヨーヨー、ウェッター(普通、豚)」と言っても大丈夫です。
このようにいろいろな種類に応じた注文方法がありますが、実際に店で実践した際、上記のとおりにならないことがしばしばあります。それもラーショーの特徴と言えます。例えば具を指定しない場合、その注文は通常ヨーヨー(普通)になりますから、具は「鶏のトマト煮」という定番になるはずです。しかし、これがトマト煮ではない鶏の「チェッパウン」だったり、トマト煮だが豚の「ウェッターチンザッ」だったりするのです。つまり店ごとで「ヨーヨー」の基準が異なり、鶏のトマト煮自体を扱っていなかったり、扱っていてもヨーヨーでなかったりということです。こうした定番のばらつきはラーショーでさほど珍しいことではありません。ただ、このあたりについてシャン人に訊いてみると、皆一様に「具はトマト煮が好き、家で作るときにトマトは欠かせない」と言い、シャン人の間に定番のばらつきはないのです。つまりこれは、飲食店の状況というのが、必ずしもシャン人の食習慣と一致していないということです。この町には「旨煮」の方を好む中国人が多いため、こういうことになるのでしょう。
■トッピングについて
トッピングには、ウェッカウッヂョー(豚の背油揚げ)や砕きピーナッツなどがありますが、最も欠かせないのが「モウンニンヂン」と言われる一種の高菜漬けです。これには、浅漬けの「アセイン」と酸味の強い「アチン」の2種類があり、前者を「シャン風」、後者を「中国風」と言う場合もあります。ラーショーでは前者が一般的。旨みの濃い北部のシャンカウスエには、あっさりした酸味のアセインが実に合います。その調和はまさに絶妙。ミャンマー全体では、モウンニンヂンは酸味の強いアチンの方が一般的で、それならではの美味しさがありますが、酸味、辛味、甘味のいづれもやや強いため、これをシャンカウスエにトッピングした場合、元の味はかなり押さえ込まれてしまいます。もっともこの国では、店の麺料理は自分好みに変えて食べるのが一般的(ミャンマーに限らず隣国タイでもシャンカウスエと同系列のクイティオなどは特に顕著)ですから、まさにアチンはうってつけの存在とも言えましょう。しかし私見ですが、元の味を、変えるのではなく引き立てるアセインの方が日本人の好みには合いそうです。そして砕きピーナッツですが、店ではあまりこれをトッピングしない、というのもラーショーの特徴です。
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以上がラーショーから見た北部シャンのシャンカウスエについてです。