ヤンゴンにある老舗シャン料理店のひとつに「ケーマラッ」(地図という店があります。「ケマラッ」とは、東部シャンの中心都市「チャイントン」のこと。シャン人は、その中でさらに十数もの民族に分かれており、これは、チャイントンで多数派のゴンシャン族の言葉です。そんなチャイントンは、北部の中心地ラーショーやシャン人が少数派の州都タウンヂーと比べて「ミャンマー度」が低く、文化的にはむしろ隣国タイと近い感じです。

チャイントンでしばしば見かける軒先の店

■「カウスエ」という言葉について

さて、ここで「カウスエ」という言葉について少し触れておきます。

カウスエは、ビルマ語・シャン語共通の単語ですが、語源はシャン語にあり(実際の発音はカウソイに近い)、ビルマ語の方は借用語です。このような「カウスエ」は、ビルマ語もシャン語も、広義の麺類をさす言葉として使われるという共通点がありますが、狭義において異なります。つまり単にカウスエといった場合、ビルマ語では小麦粉の麺、シャン語では米の麺をさすのです。

語源であるシャン語のカウスエ(カウソイ)は、そもそも「切った米(カウ=米、スエ=切る)」という意味ですが、それを借用したビルマ語の方では、狭義においてこれが小麦粉の麺の名称となったのです。よってビルマ民族は「米の麺」を表現する際に「サン(米)」をつけて「サンカウスエ」といい、逆にシャン民族は「小麦粉の麺」を表現する際に「ジョウン(小麦粉)」をつけて「ジョウンカウスエ」といいます。

以上のことを踏まえて、東部シャンで一般的な麺の種類を以下に列挙します。

①カウスエ・・・インディカ種のビルマ米を原料とする生麺のシャンカウスエ
②カウシェン・・・ビルマ米を原料とするスパゲッティほどの太さの麺
③ジョウンカウスエ・・・小麦粉が原料の中華麺

この中でシャン料理といえるのは①のカウスエだけです。②のカウシェンというのは直訳すると「米線」。つまり中国料理のビーフン(米粉)と同系列とされる押し出し麺のこと。ビルマ語では「ミーシェ」あるいは「ナンヂー」といわれる麺と同じものです。カウシェンには生麺と乾麺がありますが、東部シャンでは、地元で生産される生麺の方がカウスエと同程度によく食されています。

ということで、ここでは①のカウスエを東部のシャンカウスエとして、紹介していきます。

地元の人たちは、東部のシャンカウスエを単に「カウスエ」という
カウシェン

■東部シャンにおける麺の原料と製法

東部のシャンカウスエは、北部や南部のものとはかなり異なり、別種の麺と考えることができます。その違いについて触れるに先立って、シャンカウスエを含むミャンマー全体におけるさまざまな米の麺を、製法の違いよって大別してみました。

①押し出し麺・・・モンバッあるいはモンティーと総称される柔らかい麺で、発酵の伴うものもある
②切り麺(a)・・・ニャッカウスエやミャンマー南部のカチーカイッなどの平麺
③切り麺(b)・・・②とは製法が異なる北部・南部のシャンカウスエ

東部のシャンカウスエは、②に分類され、同じ切り麺でも北部・南部のものとは製麺方法がかなり異なります。

そもそも麺類の起源は中国にあるので、中国語の名称で説明します。

②の麺は、中国語で「河粉」といい、同種のものとしてはタイのクイティオやベトナムのフォーなどがあります。東部シャンのシャンカウスエの原料として使用される米はインディカ種のうるち米。中でも「マノートゥカ」や「ガセイン」というビルマ米が使われます。シャンカウスエであってもシャン米は使用しないという点が、この地域における最大の特徴。その製法は次の通りです。

まず水につけて吸水させた米を挽いてどろっとした液体状にします。そしてその半分はバケツに入れて少し湯煎し、やや固まりかけた状態になったら、これを非加熱のものと混ぜ合わせます。このあたりの製法は地域や製麺所によって異なるかもしれませんが、いずれにせよペースト状のシトギを厚手の布製のベルトコンベアに流し込みます。こうして膜状になったものを流れ作業の過程で蒸し、適当な長さのところで切って反物のような状態にし、一枚ずつ油を塗り、機械で切って麺状にします。

シトギ状の米粉が蒸されて皮膜状に
こうして麺状に裁断

一方、③の北部・南部のシャンカウスエは、中国語では「餌絲」といい、河粉よりも弾力性のある食感が特徴。原料としてインディカ種のビルマ米とジャポニカ種に似ているシャン米(分類上はインディカ)の2種類の米を使用します。両者は「サンブエ」と「サンズィー」といった具合に区別され、いずれの製麺方法も過程に若干の違いがあるもののほぼ同じ。以下はその製法です。

まず水につけて吸水させた米を挽いてどろっとした液体状にします。それを布袋に入れ、上から圧迫して6時間ほど水抜きをすると、湿り気のある米粉ができます。これを蒸して機械でしっかり練り上げたものをローラーに巻き込んで膜状にし、一枚ずつに油を塗って重ね、倒れない程度の適当な高さにまで積んだら上に布をかぶせて6~8時間程度ねかせます。あとはこれを機械や包丁で切って麺状にします。製法は、地域や製麺所によって若干異なるので一概には言えませんが、インディカ種を使ったサンブエの場合は、蒸す過程が、半蒸し→練り→全蒸し→練りという具合に2回あります。

液体状の米粉を圧縮して水分を抜く
湿った米粉を蒸したもの
米粉を蒸したもの練って膜状にする
少し乾燥させたあとに裁断する

このように東部のシャンカウスエは、「シャン米を使わない」、「製麺方法が異なる」という2点で北部・南部とは別種の麺なのです。むしろミャンマー料理で使われる「ニャッカウスエ」という平麺とほぼ同種で、ぷるっとした柔らかい食感が特徴です。

■太さによる分類

東部のシャンカウスエは、太さに応じて次の3種類に分けられ、それぞれに合った料理に用いられます。

●アレー・・・中華麺ほどの太さで「和えもの」や「トーフヌエ」などに用いる
●アラッ・・・きしめんほどの太さで汁麺や汁なし麺に用いる
●アヂー・・・アラッよりもさらに太く、焼ききしめんのような料理に用いる

この中で最も一般的な麺は「アラッ」で、生産量の大半を占めており、東部におけるシャンカウスエのスタンダードです。

「アレー」は、麺自体の軟らかさから、この程度の太さだとその食感は、ミャンマーの代表的麺料理モヒンガーで使用される「ナンデー」に近いと言えます。この種の麺はスナック感覚の軽食に使われることが多く、「アレー」の場合も少量を和えものにして食べることが多いようです。

なおアレーを使ったメニューのひとつである「トーフヌエ」は「温かい豆腐」という意味で、汁麺と汁なし麺の中間的な和えものにも近い麺料理。シャンの豆腐には、冷まして固形状にしたものと温かいままのペースト状のものがあり、これは後者のものを麺の上にあんかけにした料理です。シャン州全土およびヤンゴンなどでも一般化したシャン料理のひとつですが、東部のトーフヌエには、他にはない特徴があります。それはイエローピースを原料とするものが多いという点。北部や南部のシャン州およびヤンゴンなどではひよこ豆が原料で色は黄色です。それに対して東部のものはクリーム色。この地域には黄色いひよこ豆が原料の豆腐もありますが、これは揚げもの用です。その他に落花生を原料とする紫色のシャン豆腐ものもあり、バラエティに富んでいます。

チャイントンのトーフヌエはクリーム色
紫色の落花生で作られた豆腐

「アヂー」は「カウスエ・ヂョー」といわれる焼ききしめんのような料理によく使われる麺。これも小さな露店などでスナック感覚で食べるものです。(※ちなみにヤンゴンのミャンマー料理であるカウスエ・ヂョーは小麦粉の麺。このあたりの違いが面白いところ)

■スープと具について

東部におけるシャン料理の傾向を「肉」の面から見ると、例えばチャイントンではかつてソーボア(シャン土豪)が居住していたところの内か外かで違いがあります。その境界には現在も「ミョーヨー」といわれる城壁の古い門が十二ヶ所残っており、食文化的には、現在、商業中心の町となっている内側は「豚」、農業中心の村となっている外側は「鶏」が中心とのこと。飲食店は町に集中しているため、店では豚肉を扱うことが多く、また鶏肉自体が豚よりも高価なため、この地域の料理全体としては豚肉がよく使われると言えます。以下、使用頻度は鶏、牛の順となり、そのことはカウスエのスープと具についても同様です。

12か所のミョーヨーのひとつ
市場の中にあるシャンカウスエ店

カウスエには汁麺と汁なしがありますが、この地域のシャン人が汁麺を好む点は北部などと変わらず、鶏ガラ、豚骨、牛骨のいずれもあります。ただスープの種類には、東部ならではの特徴があり、ダシが豚鶏牛のいずれであっても以下の2種類に大別することができます。

●アンチャン・・・あっさりとした透明スープ
●アンチェム・・・ややカレー風の濁りスープ

アンチャンのスープ
アンチェムのスープ

アンチャンは「薄いもの」という意味の塩味スープ。基本的な調味料は、塩、味の素、コショウです。この種の塩味スープは北部などの他の地域でも汁麺に使われており、そもそも役割は一種の「だし」ですから、料理としては具が加えられて完成します。具は、豚鶏牛などの肉をカレー風に煮込んだ一種の旨煮で、ビルマ語では「ヒンアニッ」といい、シャンカウスエの良し悪しを左右する味の要ともなっています。こうした具をシャン語では「ナムコー」といいますが、東部ではこれを入れないものがひとつのスタイルとして確立しています。「アンチャン」はいわば具なしスープですが、各種の骨をベースにタマネギ、生姜、ニンニク、時には隠し味にパクチーの根などを入れて煮込んで作ります。「薄いもの」という意味ながら、実際はそれだけで充分な旨みがあります。しかし、現地の人たちは店で食べる際、よく卓上にあるトウガラシ油、塩、味の素、豆醤油、酢などの調味料を好みに応じて入れます。こうした「アンチャン」スープのカウスエを「カウスエ・チャン」といいます。

アンチェムとは「甘いもの」という意味。シャン語で美味しいを「キンワーン(キン=食べる、ワーン=甘い)」といい、「甘い」には「旨い」という意味合いがあります。そんなアンチェムは、透明スープのアンチャンにナムコー(旨煮の具)を混ぜたようなカレー風スープ。油、タマネギ、トマト、ニンニク、ターメリック、パプリカなどを使って作るアンチェムの味付けには、以下のような特徴があります。

●基本的に豆醤油は入れない
●ペーボウッ(納豆)を入れる

伝統的なシャン料理における基本的調味料は塩ですが、シャンカウスエについては、中国料理の影響が比較的強い北部では肉が具ならば豆醤油がしばしば使われます。しかし東部では肉の有無に関わらず豆醤油を使いません。この地域では豆が原料の調味料の場合、醤油ではなく納豆を使うのが特徴。シャン料理のペーボウッ(納豆)には、乾燥させたものと日本にもあるような糸引き状態のものとがあり、調味料として使われるのは前者。カウスエのスープで使う調味料用のものは、納豆を潰してペースト状にしたものを煎餅くらいの大きさにして乾燥させ、調理の際に水で戻して使います(火であぶって砕くこともある)。その使用量については、特に豚骨スープの場合に多いようです。そんなペーボウッは、シャン料理全体では、地域を問わずスープ類の調味料として欠かせません。しかし、ことシャンカウスエのスープに限って言えば、東部以外で使用することはあまりないようです。

このようなカレー風の「アンチェム」スープのカウスエを「カウスエ・チェム」といいます。またあっさり味の「カウスエ・チャン」であっても、そこにカレー風旨煮のナムコーを混ぜてしまえば、これも「カウスエ・チェム」となります。よって北部やヤンゴンあたりで食べられているシャンカウスエも、あえて東部風に表現すれば大半はペーボウッ抜きの「カウスエ・チェム」ということになるでしょう。その他には、ゴンシャン族の料理として「レッパンブィン(シルクコットンツリーの花)」という花の乾燥雄しべを具とするカウスエ・チェムもあります。

スープがアンチャンの「カウスエ・チャン」
スープがアンチェムの「カウスエ・チェム」。レッパンブィン入り
レッパンブィンの乾燥雄しべ
煎餅状のペーボウッ

■最後に

東部シャンのシャンカウスエは、中国の広州を起源とする河粉の系統で隣国タイのクイティアウと同種です。そして、あっさり系のアンチャンの食べ方は、タイのクイティアウとよく似ています。シャンカウスエということでひとくくりされていますが、雲南を起源とする餌絲の系統と言える北部のシャンカウスエは雲南料理、東部のシャンカウスエはタイ料理に近く、各麺の伝播ルートは、前者は陸路、後者は海路なのかもしれません。

(追記)
ミャンマーのシャンカウスエの麺は、残念ながら日本への販路が確立していません。よって日本のミャンマー料理店などで使われているのは、北部・東部のどちらの製品でもなく、タイのクイティアウやベトナムのフォーの乾麺です。ただ、東部のシャンカウスエは、乾麺こそないもののタイやベトナムと同種の河粉系なので、日本では東部のシャンカウスエに近いものが食べられている、ということになります。

看板にも時折のタイ語表記が
東部シャンカウスエには乾麵がないが、製麺方法自体はベトナムのフォーと同じ